Moleculus
有機化学リファレンス

Hydroboration-Oxidation (Anti-Markovnikov)

ヒドロホウ素化–酸化

ヒドロホウ素化–酸化:プロペン + BH₃·THF、続いて H₂O₂ / NaOH → 1-プロパノール。ホウ素と水素が二重結合の同じ面から同時に付く(syn付加)。ホウ素は置換の少ない末端炭素に付くので、酸化で置き換わった OH も末端炭素に来る=マルコフニコフ則と逆(anti-Markovnikov)の位置に OH が入る。

全体式

出発物から生成物へ

+
基本形 General Form

反応の基本形

R–CH=CH₂ → R–CH₂–CH₂–OH(anti-Markovnikov・syn)

1) BH₃·THF 2) H₂O₂ / NaOHヒドロホウ素化–酸化

ホウ素と水素が二重結合の同じ面から付き(syn)、酸化でホウ素が置換の少ない炭素上のOHへ置き換わる(anti-Markovnikov)反応である。

機構 Mechanism

反応機構(段ごと)

巻矢印はA=攻撃 / B=脱離・π形成 / C=プロトン移動。本文の (A)(B)(C) は図中の同色の矢印を指します。

Step1

ヒドロホウ素化(B–H の syn 付加・四中心遷移状態)

試薬・条件BH₃·THF

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この段のあと
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プロペンの二重結合 C1=C2 の π電子が、空の p軌道をもつ電子不足のホウ素 B4 を攻撃して新しい C1–B4 結合をつくる(A)。それと同時に、玉突きで B4–H5 の結合電子が炭素 C2 へ移り、新しい C2–H5 結合をつくる(B)。B と H が二重結合の同じ面から一度に付く四中心の遷移状態結合が切れかけ・できかけの、エネルギーが最も高い一瞬の状態。取り出すことはできない。で、C1=C2 は単結合 C1–C2 に下がる。1段で協奏的複数の結合の切断と生成が、中間体を経ずに一度に同時に起こるさま。に起こる syn 付加なので、B と H は必ず同じ面に付く。ホウ素 B4 は置換の少ない末端炭素 C1 に、水素 H5 は置換の多い中央炭素 C2 に付く(位置選択性反応が起こりうる複数の位置のうち、特定の位置に偏って進む性質。は why_overall 参照)。生成物は n-プロピルボラン。実際には BH₃ の残り2本の B–H も別のプロペンと同様に反応して trialkylborane になるが、機構は1本ぶんを追う。

Q.なぜ B–H は二重結合の同じ面から一度に付く(syn 付加)のか

A.ホウ素は空の p軌道をもち、二重結合の π電子を受け入れると同時に、自分がもつ B–H 結合の水素を隣の炭素へ渡せる。この『π電子がホウ素へ・B–H の水素が炭素へ』が四中心の環状遷移状態で一度に起こる(協奏)ため、B と H は二重結合の同じ側から同時に付く。段階を踏むカルボカチオン炭素の上に正電荷を持つ、電子が足りず不安定な中間体。置換基の多い3級ほど安定になる。中間体反応の途中で一時的にできる、ある程度の寿命を持つ化学種。遷移状態とは別物である。を経ないので、途中で回転して面が変わることがなく、syn 付加に固定される。

Step2

過酸化物アニオン HOO⁻ のホウ素への付加(アート錯体の生成)

試薬・条件H₂O₂ / NaOH(→ HOO⁻)

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この段のあと
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酸化に使う求核剤電子が余っていて、電子の足りない相手(求電子剤)へ電子対を差し出して結合をつくる化学種。は過酸化水素そのものではなく、NaOH が H₂O₂(pKa 約11.6)を脱プロトン分子が水素イオン(H⁺)を塩基に引き抜かれて手放す操作。プロトン化の逆である。して生じる過酸化物アニオン HOO⁻。その末端酸素 O8⁻ の孤立電子対結合に使われず、原子の上に対で残っている非共有の電子対。求核剤として攻める手になる。が、電子不足で空の p軌道をもつホウ素 B4 を攻撃して新しい B4–O8 結合をつくる(A)。ホウ素は3配位(中性)から4配位(負電荷)へ変わり、アルキル・水素・過酸化物を抱えたアート錯体(ボレート)R–B⁻H₂–O–OH になる。O8 が O6 と結合したまま(過酸化物の O–O 結合はまだ切れていない)でホウ素に付くのがポイントで、次段の転位結合や原子団が分子内で移動して、炭素骨格などが組み替わる過程。の舞台が整う。

Q.なぜ H₂O₂ そのものでなく HOO⁻ が働くのか

A.中性の H₂O₂ より、脱プロトンした HOO⁻ の方がホウ素に対してずっと強い求核剤だから。負電荷を帯びた酸素は電子を差し出しやすく、電子不足のホウ素の空軌道へ孤立電子対を渡してアート錯体をつくれる。NaOH は H₂O₂ を HOO⁻ に変えてこの求核付加求核剤がカルボニルなどの二重結合に付き、π結合が開いて新しい結合ができる反応。を起こすとともに、後段の加水分解でも働く。

Step3

アルキル基の1,2-転位(B→O・立体保持で O–O 開裂)

試薬・条件(分子内転位)

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この段のあと
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アート錯体の C1–B4 結合の電子が、隣の酸素 O8 へアルキル基ごと移って新しい C1–O8 結合をつくる(アルキル基がホウ素から酸素へ1,2-転位結合や原子団が分子内で移動して、炭素骨格などが組み替わる過程。)(A)。それと押し引きで O8–O6 の弱い過酸化物結合が切れ、O6 が結合電子を丸ごと持って水酸化物イオン HO⁻ として脱離する(B, 脱離矢印)。転位する炭素 C1 は結合の向きを保ったまま移る(立体保持)ので、ホウ素が付いていた炭素の位置にそのまま酸素が入る。生成物はホウ酸エステル(アルコキシボラン)B4–O8–C1。この段が『ホウ素の位置=酸素の位置』を確定させ、anti-Markovnikov の位置に O を据える核心。

Q.なぜアルキル基はホウ素から酸素へ転位できるのか(そして立体は保持されるのか)

A.アート錯体では隣り合う酸素 O8 に、切れやすい弱い O–O 結合の先の O6 が『良い脱離基結合の電子対を持ったまま分子から抜けていく原子や原子団。抜けたあと安定なほど良い脱離基となる。(HO⁻)』としてぶら下がっている。O6 が抜けると O8 上に電子不足が生じかけるが、そこへ隣の C–B 結合のアルキル基が結合電子ごと移って埋める=転位と O–O 開裂が協奏で起こる。転位はアルキル炭素が酸素へ乗り移るあいだ結合の向きを崩さないため、炭素上の立体は保持される。だから元の C–B の位置が、そのまま C–O(最終的に C–OH)の位置に写し取られる。

Step4

ホウ酸エステルの加水分解(B–O 開裂・プロポキシドの放出)

試薬・条件NaOH(OH⁻)

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この段のあと
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水酸化物イオン OH⁻(O10)の孤立電子対結合に使われず、原子の上に対で残っている非共有の電子対。求核剤として攻める手になる。が、電子不足のホウ素 B4 を攻撃して新しい B4–O10 結合をつくる(A)。同時に B4–O8 の結合電子が酸素 O8 へ移り、アルコキシドアルコールのO–Hが外れ、酸素上に負電荷を持った陰イオン。強い求核剤・塩基である。(プロポキシド)O8⁻ がホウ素から脱離する(B, 脱離矢印)。ホウ素は塩基性の水系でこうして次々と B–O を加水分解され、アルコキシドを放していく(trialkylborane なら3本ぶん)。放出されたプロポキシドは末端炭素 C1 に酸素が付いた CH₃CH₂CH₂O⁻。

Q.なぜホウ素は加水分解で切れてアルコールを放すのか

A.ホウ素はもともと電子不足で空軌道をもつため、水系の OH⁻ に繰り返し攻撃される。B–O が切れてアルコキシドが出ても、ホウ素側は別の OH と結び直して最終的に安定なホウ酸( borate )に落ち着くので、平衡はアルコキシド放出の側へ進む。こうして炭素に据えた酸素がアルコールとして回収される。

Step5

プロトン化(1-プロパノールの完成)

試薬・条件H₂O

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生成物(完成)
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放出されたプロポキシド O8⁻ の孤立電子対結合に使われず、原子の上に対で残っている非共有の電子対。求核剤として攻める手になる。が、水 H₂O のプロトン H9 を奪い(C)、O11–H9 の結合電子が酸素 O11 へ戻って水酸化物イオン OH⁻ が再生する(B)。O8 が中性の –OH になり、末端炭素に OH の付いた 1-プロパノール CH₃CH₂CH₂OH が完成する。ホウ素が二重結合のときに付いていた末端炭素に、最後まで酸素が居座る=anti-Markovnikov のアルコールになる。

考察

なぜこう進むのか

原理
この反応は2部構成。前半のヒドロホウ素化は、電子が薄い(空のp軌道をもつ)ホウ素が求電子剤電子が足りず、電子の余った相手(求核剤)から電子対を受け取る側の化学種。、電子が余った二重結合が求核剤電子が余っていて、電子の足りない相手(求電子剤)へ電子対を差し出して結合をつくる化学種。で、B–H が四中心の遷移状態結合が切れかけ・できかけの、エネルギーが最も高い一瞬の状態。取り出すことはできない。を通って二重結合の同じ面に一度に付く(協奏・syn付加)。後半の酸化は、過酸化物アニオン HOO⁻ がホウ素に付いてアート錯体をつくり、そこからアルキル基がホウ素から酸素へ立体を保ったまま1,2-転位結合や原子団が分子内で移動して、炭素骨格などが組み替わる過程。する。ホウ素の位置がそのまま酸素(OH)の位置に置き換わるので、二重結合のときにホウ素が付いた末端炭素に、最後は OH が来る。
選択性
Q.なぜ OH がマルコフニコフ則非対称アルケンへのHX付加で、より安定なカルボカチオンができる向きに反応が進む経験則。と逆の末端炭素に来るのか(位置選択性反応が起こりうる複数の位置のうち、特定の位置に偏って進む性質。
A.位置を決めているのは前半のヒドロホウ素化。ホウ素は立体的にかさ高く、電子的にも B–H 付加の遷移状態で炭素側にわずかな正電荷が乗るため、その正電荷をより安定に支えられる(置換の多い)炭素に H が、置換の少ない末端炭素にホウ素が付く。つまり水素付加(HBr等)ならプロトンが末端に来てマルコフニコフだが、ここでは『ホウ素が末端』に来る。後半の酸化ではホウ素が付いていた炭素の C–B 結合が立体保持で C–O に置き換わるだけなので、ホウ素の居た末端炭素にそのまま OH が入る=全体として anti-Markovnikov のアルコールになる。プロペンでは新しくできる炭素は CH₂OH で不斉中心重ね合わせられない鏡像の関係にある一対の分子。キラルな分子で生じる。にならないため、立体異性の問題は生じない。
駆動力
前半は、電子の余った二重結合が空軌道のホウ素を攻めるという求電子付加アルケンのπ電子が求電子剤を攻め、二重結合が開いて2つの基が付く反応。の一手で進み、B–C・C–H の強いσ結合が2本できる(π結合が消える)ことが安定化になる。後半は、弱い O–O 結合が切れてより安定な C–O 結合ができること、電気陰性な酸素へアルキル基が転位して電子不足のホウ素が解消されること、最後にホウ酸エステルが加水分解されて中性のアルコールに落ち着くことが反応を前へ進める。
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生成物の分子式C3H8O
PubChem 照合未照合 — キャッシュに結果なし
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