Glossary
機構の解説に出てくる基本用語を五十音順にまとめています。各反応ページでは、用語の初出に点線が引かれ、ふれると意味が表示されます。
アルコール(R–OH)の水素が外れ、酸素上に負電荷を持った陰イオン(R–O⁻)である。電子が余っているため強い求核剤や塩基としてはたらき、Williamsonエーテル合成では求核剤として炭素を攻める。またグリニャールやヒドリド還元でカルボニルに求核剤が付いた直後の中間体もこのアルコキシドで、最後にプロトン化されて中性のアルコールになる。
カルボニル基(C=O)のすぐ隣の炭素(α位)についた水素のことである。この水素は、外れたあとに残る負電荷がカルボニルへ共鳴で流れて安定化する(=エノラートになる)ため、ふつうのC–H結合よりもずっと酸性が高い。だから塩基がまずこのα水素を引き抜き、生じたエノラートが炭素求核剤として次の結合をつくる。アルドール反応やClaisen縮合、ハロホルム反応など、α位を使う反応の出発点になる。
分子の中に反応が起こりうる場所が複数あるとき、そのうち特定の位置に偏って反応が進む性質のことである。非対称なアルケンへのHXや水の付加で、より安定なカルボカチオンができる炭素に置換基が入るMarkovnikov配向がその典型で、逆にホウ素が混みの少ない炭素へ付くヒドロホウ素化は反Markovnikov配向になる。どちらの位置に付くかは、中間体や遷移状態の安定性で決まる。立体(前後・上下)の偏りである立体選択性とは区別される。
正電荷を持つ原子と、その隣で負電荷を持つ原子が並んで、全体としては中性になっている化学種である。Wittig反応のリンイリド(Ph₃P⁺–CH₂⁻ ⇔ Ph₃P=CH₂)が代表で、負電荷を帯びた炭素がカルバニオンのようにはたらいてカルボニル炭素を攻める。隣り合う正負が引き合うため、単なるカルバニオンよりは安定に扱える。生成するアルケンのE/Z比は、イリドが安定化されているか(安定化イリドはE、不安定イリドはZになりやすい)で変わる。
炭素間の二重結合は自由に回転できないため、二重結合をはさんだ置換基の並び方の違いで別の異性体(幾何異性体)が生じる。優先順位の高い基が同じ側にあるものをZ、反対側にあるものをEと呼び、単純な場合のシス/トランスに対応する。Wittig反応では、安定化イリドがE体を、不安定イリドがZ体を選びやすく、E2脱離ではアンチペリプラナーな配座からできるアルケンの幾何が決まる。二重結合の幾何が原料や機構で一義的に決まるのは立体特異性の一例である。
右手と左手のように、互いに鏡像でありながら重ね合わせられない関係にある一対の分子のことである。ふつう不斉中心(4つの異なる基が付いた炭素)を持つキラルな分子で生じ、両者は旋光性の向きなど一部の性質だけが異なる。対称な原料から新しい不斉中心ができるときは、どちらのエナンチオマーも等量でき、1:1の混合物(ラセミ体)になることが多い。シクロヘキセンへの臭素のアンチ付加が、ラセミなトランス体を与えるのがその例である。
カルボニルの隣(α位)の水素が塩基に引き抜かれて生じる陰イオンである。負電荷は炭素と酸素にまたがって共鳴で非局在し、炭素側が求核剤として働くことで、アルドール反応やClaisen縮合、Michael付加といった炭素-炭素結合をつくる反応の主役になる。カルボニルのα位が反応点になるのはこのためである。プロトンが酸素側に付いた中性形がエノールである。
酸素が通常より1本多く結合を持ち、その上に正電荷を帯びた陽イオンである。アルコールや水、カルボニルの酸素がプロトン化されると生じ、たとえば–OH₂⁺は水として抜けやすくなった「活性化された脱離基」である。酸性条件の機構でくり返し現れ、余分なプロトンが脱プロトンで外れると中性の安定な生成物に戻る。
炭素原子が非共有電子対を抱えて負電荷を帯びた化学種である。電子が余っているため強い求核剤や塩基としてはたらき、電子の足りない炭素を攻めて炭素どうしの結合をつくる。グリニャール試薬やリンイリドの炭素は、この炭素陰イオンに近い性質を帯びている。カルボカチオンとはちょうど正負が逆の関係にある。
炭素原子が結合を1本失って正電荷を帯びた、電子不足で反応性の高い中間体である。まわりの炭素やC–H結合が正電荷へ電子を押し込んで支えるため、置換基の多い3級が最も安定で、2級・1級の順に不安定になる。SN1やE1、酸によるアルケンへの付加など多くの反応でこの陽イオンを経由し、その安定性の順序が生成物の向きを決めることも多い。
炭素と酸素が二重結合で結ばれたC=Oのまとまりのことである。酸素が電子を引き寄せるため炭素側が電子不足になり、求核剤に攻められる求電子的な点になる。アルデヒドやケトン、カルボン酸やエステルなど多くの官能基の中心にあり、有機反応の要となる構造である。隣(α位)の水素が外れやすくなってエノラートを生む足場にもなる。
電子が豊富で、反応の中で電子対を相手に与える側の化学種である。マイナスの電荷や孤立電子対を持つものが多く、電子の足りない炭素などを攻めて新しい結合をつくる。巻矢印はつねにこの求核剤から相手の求電子剤へ向かって描く。求電子剤と対になる、有機反応を読むうえでいちばん基本の役割である。
求核剤がカルボニル(C=O)などの二重結合の炭素へ付加し、π結合が開いて酸素上にアルコキシドや電子対が残る反応である。アルデヒドやケトンにグリニャールやヒドリドが付く反応が代表で、生じたアルコキシドが最後にプロトン化されてアルコールになる。脱離基を持つカルボン酸誘導体では、付加のあと脱離が続いて置換(付加-脱離)になる。
電子が不足していて、反応の中で電子対を受け取る側の化学種である。正電荷を帯びた炭素や、カルボニルのように分極して電子が薄くなった原子が典型で、求核剤に攻められる標的になる。巻矢印は求核剤からこの求電子剤へ向かう。求核剤と表裏一体の概念である。
電子の豊富な芳香環が求電子剤を攻め、環の水素1つがその求電子剤に置き換わる反応である(芳香族求電子置換, EAS)。求電子剤がπ電子に付いていったん芳香族性の崩れた高エネルギーの中間体(アレニウムイオン)ができ、次にプロトンが外れて芳香族性が回復することで置換が完成する。ニトロ化・ハロゲン化・Friedel-Craftsアシル化などがこの型で、ベンゼン環は置換されても壊れずに残る。すでに付いている置換基が、次の置換の入る位置(オルト・パラかメタか)を導く。
アルケンやアルキンの電子豊富なπ結合が求電子剤を攻めることから始まり、二重結合が開いて2つの原子・原子団が付く反応である。HXや水(酸触媒)の付加ではカルボカチオン(またはプロトン化された中間体)を経て、より安定な陽イオンができる向き(Markovnikov)に進む。臭素の付加では環状のブロモニウムイオンを経て、2つの臭素が反対の面から入るアンチ付加になる。芳香環で水素が置き換わる求電子置換と違い、こちらは二重結合が開いて原子が正味で増える。
結合の切断と生成が段階に分かれず、1つの遷移状態を通って同時に進むことを指す。途中に取り出せる中間体が現れないのが特徴で、Diels-Alder反応や電子環状反応などのペリ環状反応が代表例である。SN2も、新しい結合の生成と脱離基の脱離が同時に起こる協奏的な反応である。段階的な機構と対になる考え方である。
電子(とくにπ電子や孤立電子対)が特定の位置に固定されず、複数の原子にまたがって広がっている状態を、いくつかの極限構造(共鳴構造)の重ね合わせで表す考え方である。実体はそのどれでもなく中間の1つで、電子が非局在化するぶん安定化する。カルボカチオンやエノラート、芳香環の安定性や反応する位置を説明するときに欠かせない。矢印は電子の広がりを示すだけで、実際に振動しているわけではない。
二重結合と単結合が交互に並ぶことで、π電子が複数の原子にまたがってひと続きに広がった状態である。1,3-ブタジエンやα,β-不飽和カルボニル(エノン)、芳香環などが典型で、電子が非局在化するぶん系は安定になる。共役した系では、末端どうしが呼応して反応することがあり、エノンへのMichael付加(共役付加)や、共役ジエンが関わるDiels-Alder反応がその例である。σ結合を伝う誘起効果と違い、π電子そのものが広がる点が特徴である。
酸がプロトンを1つ放出したあとに残る化学種のことである。この共役塩基が共鳴などで安定なほど、元の酸はプロトンを手放しやすい強い酸になる。反応では、生じる陰イオンが安定かどうか(=良い共役塩基か)を見ることで、どのプロトンが外れやすいか、どの基が脱離基になれるかを見積もれる。酸と塩基はつねにこの対で現れる。
結合には関与せず、酸素や窒素などの原子の上に非共有のまま残っている電子2個1組のことである。この電子対が反応では求核剤の「攻める手」になり、電子の足りない原子へ差し出されて新しい結合をつくる。プロトンを受け取る塩基のはたらきも、多くはこの孤立電子対による。非共有電子対とも呼ぶ。
1個のs軌道と何個かのp軌道が混ざり合ってできる、向きと形のそろった原子軌道のことである。混ぜるp軌道の数で、四面体形のsp³(単結合4本)、平面三角形のsp²(二重結合を持つ)、直線形のsp(三重結合を持つ)に分かれ、まわりの結合の角度と立体を決める。有機反応では、平面のsp²だったカルボニル炭素に求核剤が付いてsp³の四面体形へ変わる、といった混成の移り変わりが立体の鍵になる。混成が変わると分子の形も変わる。
水素(プロトン)の位置と二重結合の場所が入れ替わることで、構造の異なる異性体どうしが速く行き来する現象である。代表はケト形とエノール形のあいだの移り変わり(ケト-エノール互変異性)で、ふつうはケト形が優勢だが、酸や塩基が触媒するとわずかなエノール形を経てα位での反応が進む。電子だけが動く共鳴とは違い、原子(H)そのものが動く点が重要である。
電子を失う変化が酸化、受け取る変化が還元だが、有機では結合の相手で数えると見通しがよい。炭素が酸素・窒素・ハロゲンなど電気陰性度の大きい原子との結合を増やす(またはC–Hを減らす)と酸化、逆にC–H結合を増やす(C–O結合などを減らす)と還元である。たとえばアルデヒドがアルコールになるヒドリド還元は炭素にHが増える還元、アルケンがジオールになるOsO₄反応やC–C結合の間に酸素原子を1つ挿入するBaeyer-Villiger反応は炭素にOが増える酸化にあたる。酸化と還元はつねに一方が起これば相手が逆向きに起こる対の関係である。
酸(H⁺)が反応を速めるはたらきをし、反応の最後にはふたたび取り戻される仕組みである。カルボニルの酸素をプロトン化して炭素をより求電子的にしたり、–OHをプロトン化して水として抜けやすくしたりして、エネルギーの山を低くする。Fischerエステル化やアセタール生成、酸によるアルケンの水和などが代表例である。触媒なので反応式の両辺に酸が現れ、差し引きゼロになる。
脱離反応(E1・E2)で、どの水素が抜けてどちらにアルケンができるかを予測する経験則である。ふつうは二重結合上の置換基がより多い、安定な(より置換された)アルケンが主生成物になる。安定なアルケンへ向かう遷移状態のほうが低いためである。ただし、かさ高い塩基を使うと、混雑を避けて置換基の少ないアルケン(Hofmann生成物)が優勢になることもある。
平面だったカルボニル炭素(sp2)に求核剤が付加して、四方向に結合を持つsp3の四面体形になった中間体である。カルボン酸誘導体の反応で中心的な役割を果たし、ここから脱離基が抜け落ちて再びカルボニルへ戻ることで、置換(付加-脱離)が完成する。エステルの加水分解やアミドの反応など、多くのアシル置換がこの中間体を経由する。
反応の速さを上げるはたらきをしながら、自分自身は反応の前後で正味は消費されず、最後に再生される物質のことである。エネルギーの山(活性化エネルギー)が低い別の道すじを用意することで反応を速め、反応の平衡そのものは動かさない。有機反応では、基質をプロトン化して反応しやすくする酸触媒がとくによく出てくるほか、AlCl₃やFeBr₃のようなルイス酸、塩基なども触媒としてはたらく。触媒は反応式の両辺に現れ、差し引きゼロになる。
反応が進む途中で、古い結合が切れかけ、新しい結合ができかけている、エネルギーが最も高い一瞬の状態である。山の頂上にあたり、寿命が極端に短く取り出すことはできない。ある程度の時間そこに留まれる「中間体」とは区別される。協奏的な反応では、この遷移状態を1つ越えるだけで一気に生成物へ進む。
分子から水素イオン(H⁺)が塩基に引き抜かれて外れることである。正電荷を帯びた中間体(オキソニウムなど)から余分なプロトンが外れて中性の安定な生成物になる、反応の締めくくりでよく現れる。カルボニルの隣(α位)の水素を塩基が引き抜くとエノラートが生じ、炭素求核剤として次の反応に使える。
結合していた電子対を引き連れて分子から離れていく原子や原子団のことである。ハロゲン化物イオンや水のように、抜けたあとに負電荷や中性で安定にいられるものほど「良い脱離基」とされる。置換や脱離では、この脱離基がどれだけ抜けやすいかが反応の進みやすさを左右する。
反応の途中に生成し、次の段へ進むまでのあいだ実在する化学種である。エネルギーの谷(極小)に位置し、寿命が短くても、山の頂上である遷移状態と違って原理的には取り出せる点が異なる。カルボカチオンや四面体中間体、エノラートなどが代表例である。多段階の反応は、いくつかの中間体を経て生成物へたどり着く。
隣り合うC–H(やC–C)結合の電子が、空いた軌道や正電荷を帯びた炭素へわずかに流れ込んで安定化させるはたらきである。カルボカチオンが3級ほど安定なのは、まわりのC–H結合が多く、この超共役で正電荷を分散できるためである。アルケンの安定性がより置換されたものほど高いこと(Zaitsev則の裏づけ)も、同じ超共役で説明される。
反応の途中で、水素・アルキル基・結合などが分子内で隣へ移動し、骨格が組み替わる過程である。多くは、より安定な中間体(たとえば2級から3級のカルボカチオン)へ移るために起こる。Baeyer-Villiger酸化では、アルキル基が隣の酸素原子へ移動し、炭素骨格の間に酸素が挿入される。Friedel-Craftsアルキル化でも、基質によってはカルボカチオンがより安定な位置へ転位し、予想外の生成物が併発することがある。
結合している電子対を自分の側へ引き寄せる強さを表す尺度である。フッ素・酸素・窒素・塩素などで大きく、これらが結合すると電子が偏って分極(δ+とδ-)が生まれる。カルボニルの炭素が求電子的になるのも、ハロゲンが良い脱離基になるのも、もとをたどればこの電気陰性度の差による。反応の「どこが電子不足でどこが電子豊富か」を読む出発点である。
求核剤が、抜けていく脱離基のちょうど正反対の側から炭素へ近づく攻め方である。SN2で典型的に見られ、傘が裏返るように立体配置が反転(ワルデン反転)する。真後ろから電子を差し込むことで、脱離基が押し出されるのと新しい結合ができるのが同時に進む。ハロゲンの環状中間体(ブロモニウム)が反対側から開かれてアンチ付加になるのも、同じ原理である。
水素が電子対を1つ抱えて陰イオンになったもの(H⁻)で、還元剤の「電子を運ぶ手」である。NaBH₄やLiAlH₄では、ホウ素やアルミニウムに結ばれた水素がヒドリドとしてカルボニルの炭素へ移り、C–H結合をつくって還元する。プロトン(H⁺)とは名前が似ているが、電子を持って動くぶん正反対の性質を持つ。
脱離基を持つカルボニル(エステル・酸塩化物・アミドなどのカルボン酸誘導体)で起こる、付加してから脱離する二段構えの置換機構である。まず求核剤が平面のカルボニル炭素に付加してsp³の四面体中間体ができ、次にその中間体から脱離基が電子を持って抜けてカルボニルが再生する。結果として求核剤が脱離基と入れ替わる置換になるが、いったん付加を経る点でアルデヒド・ケトンの単純な求核付加とは異なる。エステルのけん化やClaisen縮合がこの型である。
酸と塩基を、プロトン(H⁺)を与えるか受け取るかで定義する考え方(ブレンステッド・ローリーの定義)である。酸はH⁺を放出し、塩基はH⁺を受け取り、酸が放出したあとに残るのが共役塩基になる。有機反応でくり返し出てくるプロトン化・脱プロトンは、すべてこのブレンステッド酸・塩基のやりとりである。電子対の授受で定義するルイスの見方と合わせて、酸・塩基には二つの見方があると理解しておくとよい。
結合している2原子の電気陰性度に差があるとき、共有電子対が電気陰性度の大きい側へ偏って、片方がδ-、もう片方がδ+の部分電荷を帯びることである。カルボニルC=Oは酸素側がδ-・炭素側がδ+に分極し、この炭素が求核剤に攻められる求電子的な点になる。グリニャール試薬のC–Mgが炭素側δ-に分極して炭素求核剤になるのも同じ理屈である。どこがδ+(攻められる)でどこがδ-(攻める)かを見分けることが、機構を読む第一歩になる。
分子が酸から水素イオン(H⁺)を1つ受け取ることである。酸性条件の反応でくり返し現れ、カルボニルの酸素をプロトン化して炭素をより電子不足にし、求核剤に攻められやすくするなど、反応を進める下ごしらえとして働く。また、抜けにくい基(–OHなど)をプロトン化して水として抜けやすくする役割もある。逆に水素イオンを手放すのが脱プロトンである。
結合の組み替えが、環状につながった電子の流れとして、1つの遷移状態を通って協奏的に進む反応の総称である。イオンやラジカルの中間体を経ないのが特徴で、Diels-Alder反応(環化付加)や電子環状反応がここに含まれる。関わるπ電子の数と、熱で進めるか光で進めるかによって、どの立体で環が閉じる・開くかが決まる(軌道対称性の保存)。中間体を経ないぶん、原料の立体が生成物へそのまま映る立体特異的な反応になりやすい。
例ディールス・アルダー反応(ヘキサジエン+アクリル酸メチル)・6π電子環状反応(熱・閉環)・ディールス・アルダー反応(シクロペンタジエンの二量化)
ベンゼンのように、環状につながった平面のπ電子系が、決まった数(4n+2個)の電子を満たすことで、ふつうの二重結合よりもずっと大きく安定化する性質である。この安定化は共鳴(非局在化)に由来し、芳香族性を持つ環はそう簡単には壊れない。芳香族求電子置換では、いったん芳香族性が崩れて高エネルギーの中間体を経るが、最後にプロトンが外れて芳香族性が回復するのが反応の駆動力になる。だから置換反応は進んでも、環そのものは残る。
非対称なアルケンに水(酸触媒)やHXが付加するとき、生成物の向き(位置選択性)を予測する経験則である。中身は「より安定なカルボカチオンができる側で反応が進む」ということで、結果としてHはもともと水素の多い炭素に付き、OHやXはより置換された炭素に入る。ヒドロホウ素化のようにカルボカチオンを経ない反応では、立体と電子の都合が逆転して反Markovnikov配向になる。
原子の電気陰性度の差によって、結合の電子がσ結合を通じて一方へ少しずつ引き寄せられたり押し出されたりする効果である。ハロゲンやカルボニルのような電子を引く基は電子を吸い取り(電子求引性)、アルキル基はわずかに電子を押し出す(電子供与性)。この押し引きは距離が離れると急に弱まるが、カルボカチオンやアルケンの安定性、酸の強さなどを微調整する。π電子の非局在で効く共鳴・超共役とならんで、電子の偏りを読むうえで欠かせない。
電子を対にせず、不対電子を1つ持った化学種のことである。電子対をやりとりするイオン反応と違って、電子を1個ずつ動かして反応し、多くは電荷を持たない。燃焼やハロゲンの光反応、重合などで主役になる。一方、電子を対で動かすイオン機構や、電子が環状に流れる協奏的なペリ環状反応では、ラジカルやイオンの中間体を経ないことがしばしば安定さ・低い障壁の根拠として語られる(このライブラリの反応もいずれもイオン的または協奏的で、ラジカルは経由しない)。
複数の段からなる反応で、最も遅く、全体の速さを決めているひと段のことである。いちばん高いエネルギーの山を越える段がこれにあたり、ここが速くならないかぎり反応全体も速くならない。たとえばSN1では、脱離基が抜けてカルボカチオンができるイオン化の段が律速である。反応を速める工夫は、この段の障壁を下げることを狙う。
出発物の立体配置(シス/トランスやR/Sなど)の違いが、そのまま生成物の立体の違いに一対一で対応する性質である。反応の機構そのものが立体を決めているために起こり、たとえばアルケンへのアンチ付加や協奏的なペリ環状反応では、原料の幾何がどの立体異性体になるかを一義的に定める。複数のうち一方が「多い」だけの立体選択性とは区別される。
電子対を与える側として塩基を定義する考え方(ルイスの定義)での塩基である。孤立電子対を持つアミンやアルコキシド、水、あるいはπ電子を持つアルケンや芳香環などが、相手の空いた軌道へ電子対を差し出すときルイス塩基としてはたらく。この「電子対を与える」役割は求核剤とほぼ重なり、ルイス酸に電子対を渡して結合をつくる。プロトンを受け取る塩基(ブレンステッド塩基)を含む、より広い塩基の枠組みである。
電子対を受け取る側として酸を定義する考え方(ルイスの定義)での酸である。プロトンH⁺そのものだけでなく、空いた軌道を持つAlCl₃やFeBr₃、BF₃のような金属ハロゲン化物も、相手の電子対を迎え入れられるためルイス酸に含まれる。有機反応では、これらがハロゲンを引き抜いて強い求電子剤(アシリウムイオンやBr⁺相当種)をつくる活性化剤としてよく働く。プロトンの授受で酸を定義するブレンステッドの見方より広い枠組みである。